投稿者: ando
これまで僕の学生時代の事例を混ぜつつ、自己分析のやり方の話をしてきました。

ここで今までのポイントを書いてみると・・・

1.自己分析は、自己PR用のキーワードを探すことが目的ではない。
2.ペーパー試験の結果を踏まえて自分の過去を掘り起こさない。
3.飲み会で昔話しながら盛り上がっているイメージで過去を振り返る。

 何の束縛もなしに、過去の自分をダラダラと思い返して、その時その時何を考えて、どういう行動を取ったか?を連鎖反応で思い出す。このとき、邪心を切り捨てないことが大事!です。

『自己分析は価値観の把握であり、指(「自己PRに自信を持つ!シリーズ」 より)を言葉にすることである。』

これが自己分析の定義です。指には親指・人差し指・・・小指と、様々な「顔」があります。それら全てが自分の行動だという認識のもと、言葉に落としこんでいきましょう。

 例えば、アルバイトやサークルで、リーダーシップをとって行動したことや、執着心を持って自分がイイと思ったことを企画提案し、それが実行されたことなんかは、もちろんそれはそれで素晴らしい実績ではあるんだけど、その着地地点だけに目を向けていると、肝心の自分の価値観の把握が出来ません。

 つまり、組織の中で、自分がリーダーシップを取れるようになったのは何故か?企画提案できるほど、仕事が出来るようになったのは何故か?その域まで達する前段階の過程では、どういうことを考えて、どういう邪心を持って、どうやって周りの人間に認められていったのか?下っ端で右も左も判らない初心者時代は、どういう心持で行動していたのか?そしてどういう感じで溶け込んでいったのか?ということを中心に思い出していくことが重要なんです。

 そして面接ではそのまま使えないけど、恋愛経験を思い出すことも大事です。大好きな相手に対して自分が取った行動、言った言葉、そして相手の心情を慮る駆け引き等々、そして二人きりでいるときの接し方と、友達が周りにいるときの接し方等々、ここに自分の色々な姿、つまり「指」が出ますので。

 自己分析は、そういった途中段階における自分の言動や価値観、邪心、といったものを言葉にしていくことが本質です。そういった途中過程の自分の動きが積み重なった結果、リーダーシップが取れるようになったんだからね。

 まさに自己分析は、

「実際に取った行動の一歩手前のアクションを言葉にする」

 ということ。これが今回のシリーズの結論になります。

自己PR = 邪心を踏まえて、その次のアクションを言葉にすること。

自己分析 = 実際に取った行動の一歩手前のアクションを言葉にすること。


 こうやって並べてみると、違いがよく判りますよね。この意識を心において、自己分析では大いにダラダラと、自由に何の制限もなく過去を思い出してみましょう。きっと、自分の素の姿がイメージできるようになるからね。


投稿者: ando
僕のアルバイトは、3年間続きました。今考えても、これはスゴイことだと思います。だって、社会人になった今現在で見ても、一つの職場で3年も続いたのは、新卒入社した飲料食品メーカーの6年についで、2番目に長い記録ですからね(笑)。・・・って笑っちゃいけませんが。

 でも後半の方は、僕の場合、職場における地位も確立していた(周りの人に存在を認められていた、という意味)し、学校にもあまり行かずにバイトにばかり率先して入っていたので、やるべきことっていうのが見えていたし、流通小売業界というのは、3年も経つと、社員さんも頻繁に異動になったり、離職してしまったりするので、バイトを始めた当初とほとんどメンツが変わっていました。幸い、僕の上司にあたる社員さんが、僕が在籍しているうちは異動せずに踏みとどまっていたので、ラッキーでしたけど。いい人だったからね、その人。

 僕の場合は、自分の素の性格が非常にネガティブでマイナス思考。さらに被害妄想の気があるので、他人が自分のことをどう思っているのか?っていうことを気にするタイプでした。そのくせプライドがめっぽう高いので、適当に人に合わせることができないという悪循環です。

 そういった「マイナス思考」と「プライドの高さ」、そして「出会いがほしい」という要素が重なって、それがいい方向に回転すると、どうなるでしょうか?これは、

『仕事を早く覚えて認められたい』 

 っていうモチベーションに変わるんです。これは、自己PRの定義 に当てはめれば、「次のアクション」ということになりますね。もっともその裏にある邪心には、『女の子に一目置かれるようになって頼られたい』というモチベーションもあるんだけど(笑)。これだって大事ですよ。面接で使えないだけで、毎日のモチベーション維持には必ずこういった本能があるものです。

 もちろんこれには、職場の環境がいいとか、人間関係が良好とか、可愛くて気になる女の子がいるとか、色々な外的要因が自分にハマっていることも見逃せません。実際僕の場合はそうでした。

 バイトを始めた当初は見よう見まねでも、指示されたことをこなして行きつつ、その指示業務の範囲内で自分なりにどうやったら効率的にできるか?や、どうやったら自分ひとりで終わらせて、他の人に迷惑をかけないか?ということが次第に考えられるようになっていきます。そうなるとだいぶ、周りが見えてきている証拠ですが、まだまだ本人はそんなこと思いも寄りません。

 そうやって、社員さんにだんだん認めてもらえるようになって、信頼されるようになっていきます。売り場のレイアウトや商品発注の意見を求められるようになったり、他の売り場のヘルプで頼られたりとかいうふうになっていくんですよね。

 そういえば、学生が本当に自己分析を行うときは、この辺りのエピソードは、デキルだけ詳しく思い出さないとダメですよ。僕の場合もたくさんエピソードはあるんだけど、僕の過去をいじるのが目的ではないので、端折っているだけです。これは自己PRを作る段階ではなく、自己分析の段階なので、自由気ままに書き出していけばいい訳です。最終的に使えるかどうかは、次のステップ(自己PRを考える)の話です。

 ここまでいけば、あとは自分自身がいい気になって、エピソードをまとめていけばいい、ということになります。

 マイナス思考だとか、プライドが高いとかなんて、それは間違いなく自分の姿なんだけど、だからこそ次のアクションは、認められたい願望による数々の仕事の経験です。認めたれたいからこそ、仕事はキッチリやるし、他人がどう思っているか気になるからこそ、空気を読みながら仕事をしていく訳です。

 この「空気を読んで仕事ができる」というものは、立派なキーワードになるでしょうし、仕事をキッチリやるということからは「使命感」とかというキーワードにつながっていくかもしれませんよね。それか「実践力」ということになるかもしれない。

 このように、発端はマイナス思考とか、彼女がほしいとか、そんな理由や動機だったとしても、次のアクションがどんなもので、周りの人がどう評価しているか?というところに視点を置いて考えると、同じ行動でも違った形に見えてくるものです。俺ってスゴイじゃん!みたいなね(笑)。この、俺ってスゴイ!的な気持ちになることが自己分析では大事です。
投稿者: ando
僕のアルバイトは、「お金を稼ぎたい」と「出会いがほしい(特に女の子)」という2つの動機によって、ほぼ決まりました。何となく職場に大人の女性がたくさんいて、刺激もあって・・・なんて妄想しまくりです。仕事内容なんて、どんなものだろう?とか、全く考えてはいませんでした。

 しかしアルバイトを始めた当初は、当たり前ですが、仕事なんて出来っこない状態。組織の中でアルバイトなんて今までやったことないんだから、動き方も判りません。

 加えて、別に研修期間がある訳でもなく、いきなり売り場に出ることに。お客さんは、僕のことを普通に社員さんだと思っているので、色んなことを聞いてきますが、僕は何を言われているんだか判らない。焦って右往左往して、他の社員さんや、先輩アルバイトさんに聞こうとしても、そういう人たちも仕事をしています。なかなか声をかけるタイミングが難しく、しかもまだ打ち解けていないし、名前もうろ覚えだし、ということですっかりアタフタしてしまう始末です。

 僕のように、気位が高く、根拠のない自信、すなわち過信過剰な人間というのは、こういう自分が何も出来ない状態に置かれてしまうことに何よりも嫌悪感を示します。だから、常に自分を守備範囲内に置いて、自分の目が届く範囲内でしか行動しない、というタイプです。率先して積極的に新しい世界に飛び込もうとせずに、ひたすら引きこもる。

 もう15年以上も前の話になるので、日々の葛藤なんかは詳しく覚えてはいないけど、バイト初日の記憶だけは結構残っています。ホントにこのまま続けて、仕事が出来るようになるんだろうか?っていう不安感ですね。

 僕がバイトを始めた時には、ベテランさんだった先輩アルバイトさんが、辞める時期でした。あと社員さんも寿退社を含めて、入れ替わりの時期でもありました。ですので、バイト歴数ヶ月で、売り場ではそこそこ社歴が上、という状況にはなったんです。それは自分にとっては幸いしました。

 あと当時、店舗の改装工事をやっていて、閉店後に、什器の移動とか、工事で出る粉塵等で商品が汚れないようにビニールかけをしたりとかっていう業務がありました。その時に、男手がほしいということで、他の売り場からもヘルプのお声がかかって、僕は狩り出されたんですが、これも他の売り場の社員さんに、いち早く覚えてもらえたという意味ではラッキーでした。そうやって、何とか仕事ができるようになっていったんです。

 僕は元来、自己顕示欲が強くて、色んな人に自分に認知してもらいたい、という困った性格をしています。今でもそうですが・・・。でも、それには仕事が出来る自分になって周りから頼られないと自尊心を満足させられない。でもだからと言って、一日も早く仕事を覚えるために、がむしゃらに頑張るぞ!!・・・っていう性格でもないんです。最悪です。

 がむしゃらに頑張ってる姿、一生懸命やってる姿をみんなに見せるのが恥ずかしいというか、かっこ悪いと感じてしまう。自分は常に、一定レベルより上のポジションの人間だ・・・っていう虚栄心ですね。今でこそ、社会経験を積んでだいぶマシになりましたけど、学生時代の僕は、本当に視野が狭いというか、メチャメチャ嫌なヤツでした。

 そういった意味では、僕にとってイトーヨーカ堂のアルバイトは非常にラッキーだったし、有意義なものでした。短い期間でポジションが上の方になったし、改装工事のおかげで色々な人に覚えてもらえたし。もっとも、仕事が楽しかったというのも大きいですけどね。年代的に、僕の世代が多かったし、親しくしてた現場の社員さんも20代だったので。

 という訳で、僕がなんて嫌なヤロウだったのかということを書いてしまいましたが、でも同時に、これは間違いなく僕自身の当時の「手のひら」 な訳です。素の自分ね。仕事をする上で、人と接する上で、僕の奥底にある邪心です。

 どんなに嫌な性格であっても、他人には言えないような邪心丸だしであっても、僕はまず、ここのところを認めてあげないといけない訳です。アルバイトの仕事で、リーダーシップを発揮したり、状況判断をしつつ、臨機応変に立ち振るまったり、後輩バイト生や社員さんに仕事を教えてあげたり・・・なんていう行為行動も、全ては、僕の素の性格や邪心が土台にあって、そこから産まれてくるものですからね。


つづく。
投稿者: ando
僕がイトーヨーカ堂のアルバイトを始めたのは、大学1年から2年に進級する春休みでした。それまでは、何もしていませんでした。学校にもあまり行っていなかったので、ほとんど一人暮らしの部屋にいたことになります。今でいうニートに近いな(笑)。

 幸い、というか、あまりほめられたことじゃないんだけど、同じマンションにもう一人、学校に行かないでフラフラしている男がいたので、彼といつもつるんでましたね。公園で2人で野球やったりね。今思うと何やってたんだか。

 1年の秋ごろから、個別指導塾のアルバイトを始めたんですが、これは当時発売されたスーパーファミコンがほしかったからです。つまり、アルバイト=お金を稼ぐ、という構図のみ。それ以上のものはありませんでした。もちろん生徒もいることだし、中途半端なことはしなかったけど、受け持っていた中3の男子生徒が、志望校に無事合格したことを機に、そのバイトは辞めてしまいました。

 個別指導のアルバイトって、やったことある人なら判ると思いますが、実際に生徒に教えてる時間と同じくらい、事前の準備に時間がかかるんですよね。教材研究とかでね。でも、時給換算には、その事前準備は加味されない。そうすると、一日2~3時間のコマが週に2~3回です。お金を稼ぐという意味では、あまり効果的な仕事とは言えません。実際に、バイト代支給日に、ワクワクしながら通帳記帳に行ったら、支給額がメチャメチャ少なくてガックリした記憶があります。スーパーファミコン買ったらそれで終わり、くらいじゃなかったかな(笑)?

 しかも、基本的には自分ひとりで完結する仕事なので、出会いとかが比較的少ない。それもイヤでした。女の子との出会いがなかったのがね(笑)。僕は当時は、気位だけは非常に高かったので、彼女なんていらない!他にもっとしたいことがあるし!・・・なんて雰囲気を醸し出していたんですが、本音は違いました。やっぱりせっかく東京に来たし、かわいい女の子の知り合いがほしかったし、彼女も作りたかった。そんな想いもありましたね。

 でも、それを大っぴらに宣言するのは、かっこ悪いことだと思ってました。嫌なヤロウです。今の僕が当時の僕に出会ってたら、絶対に友達にはなりたくないなあ(笑)。

 いや、これは冗談ではなく、僕も社会に出て以降、色んな経験をした結果、学生時代とはかなり価値観が変わりました。体系も外見も変わったけど(笑)。

 ということで、春休みに「お金を稼ぎたい」という気持ちと「出会いがほしい(特に女の子)」という要素を軸に、イトーヨーカ堂のアルバイトを選びました。たまたま新聞広告のチラシを見てたら、求人があったからです。時給的にも勤務時間的にも、場所的にも、そして女の子が多そうという思惑的にも、ピッタンコでしたね(笑)。

 配属は、衣料部門の服飾という、靴やバッグ、小物、アクセサリー、コスメなどを扱う部署でした。この配属もラッキーでした。女の子多そうでしょ(笑)?

 というふうに、アルバイトを始める時って、僕ほど顕著じゃないかもしれないけど、何か本音というか、邪心があったはずです。もちろん、学校生活では味わえない色んな価値観を持った人と出会いたいとか、アルバイトを通じて、社会勉強をしたいとか、今まで経験のない世界で成長したいとか、そういうキレイな理由もあるでしょうし、それはそれで間違いじゃないんだろうけど、でも邪心だってあるはずです。じゃないと、キレイな理由だけでアルバイトを探すなら、何だって良いという理屈になるもんね。

 でも、実際には、どんな学生だって色々な求人を比較しつつ、どれにしようかなって選んでる訳です。そこには何らかの邪心があってしかるべきだし、その邪心こそが、まだ見ぬ世界に足を踏み入れて、前に進むエネルギーになるんだと僕は思います。

 ・・・う~ん、これって自分で書いといて言うのもなんですが、どんな結論に向かってるんだろう(笑)?今の時点でこの話の落としどころが見えてません。いい加減だなあ、我ながら。

続きます。
投稿者: ando
前回も書いたように、素の自分や価値観というのは、日々の何てことない出来事の中で、どういうことを考えて、どういう行動を取ったか?ということを見返していくことで浮かび上がってきます。

 実は、これこそが自己分析で最も大事なところです。初めからリーダーありき、キャプテンありきで物事を考えず、リーダーやキャプテンは、何てことない毎日の行動を、周りの方が認めた結果なんです。リーダーやキャプテンになってどういうことをしたのか?もちろんこれはこれで大事なんだけど、もっと大事なのは、周りに認められたプロセスです。

 認められたというのは、別に高評価を得る、ということだけではなくて、単にキャラを容認される、ということも含まれます。リーダーやキャプテンとして地位が築かれる過程の自分こそ、素の自分だから。

 素の自分を掘り返すことは楽しいはず・・・という見解は、そういうところが根拠になっています。

 「09シリーズ自己分析のやり方論27」 の中で、自己PRの定義を書きました。それは


『自己PRとは、自分の邪心を踏まえて、その次に起こすアクションの方を思い出し、言葉にすることである』

 というものでした。ここでいう邪心が、素の自分です。ちなみに、この「自己PRのやり方論 09シリーズ」 は、自分で言うのもなんですが、非常に判りやすい(はず)なので、読んだことない人は、是非とも読んでみてください。

 自己分析と自己PR、どこがどう違うかというと、自己分析は、何の束縛も制約もなく、ただ気ままに過去を掘り返していけばいいのに対し、自己PRは、就活用に言葉を作り変えていく必要があるという点です。だから自己分析より自己PR作業の方が、楽しくないはず。

 同じく「09シリーズ 自己PRのやり方論28」 で書いたように、自己分析は、邪心の前後にあるロジックを言葉にすることです。例えば、心配性とか小心者って思ってる人の場合。


 ①自分は心配性・小心者 ⇒ マイナス志向 ⇒ ②実際の言動

 ①は間違いなく過去に何か体験があったから、そう認識しているはず。それがいくつか積み上がって現在、「自分はマイナス志向だ・・・」であると考えています。それを踏まえて②が産まれてきます。

 自己PRとは、①を踏まえて②をアピールすることです。①と②の間の「マイナス志向」とかっていうキーワードは、自己PRには一切関係ありません。

 要するに自己分析では、心配性とか小心者って思った過去の体験を、素直に思い出してみるということになります。

 僕は、学生時代にはアルバイトを2つやりました。・・・正確にはもう1つやったんですが、1日でイヤになって辞めてしまったことと、バイト先であるイトーヨーカ堂で、失恋したこと由来する現実逃避対策だったので、カウントしないようにしています。

 ・・・って、15年経った今でもシッカリ覚えているけど(笑)。

 その当時の思い出話をちょっと次回させてもらおうかな?15年前とはいえ、意外と覚えているもんなんだよなあ。。。

つづきます。
投稿者: ando
自己分析を行う際に大切なポイントとして、キーワード症候群に陥らないことと、ご都合主義隊に参加しないことの2点を挙げて、その主旨を説明してきました。まあ、自己分析は価値観の把握である、ということに基づけば、これって当然のことなんですけどね。

 とかく学生は背伸びした自分をベースに自己分析をしたがる。面接では自分のスゴイところをアピールしないといけない!という勘違いをしてしまっているから起こるんです。面接でアピールするのは、ありのままの自分であって、スゴイ自分ではないんだけど。

 巷では、自己分析のマニュアル本も売られています。ネットでも自己分析に関する情報が流れています。学校のガイダンスでも、自己分析の重要性が叫ばれています。自己分析って、ここまで大切な作業なのに、どうして多くの学生が不安に陥るかと言うと、自己分析がそもそも価値観の把握であるということ、そして正しい妄想の仕方が理解できていないからです。ていうか、もっと言うと、自己分析の本を書いている著者自身もその辺りが判ってないなあと個人的には思いますね。

 話を戻しますが、正しく自己分析を行ったら、例えばアルバイトの経験を掘り返す際に、どういう感じになるでしょう?

 そのアルバイトはいつ始めたんでしょうか?また、そのバイトはどうして見つけたんでしょうか?どうしてそのバイトに興味を持ったんでしょうか?当時はバイトをする必要性をどう考えていたんでしょうか?最終的にそこに決めた決め手は何だったでしょうか?

 そのバイトを始めた当初、特に初日から1週間くらいの感覚って覚えてるでしょうか?どんな気分だったでしょうか?

 当初の人間関係はどんな感じだったでしょう?どのくらいの人間が働いていたでしょう?最初に指示された仕事は何だったでしょう?やってみてどうだったでしょう?どう思ったでしょうか?その時に指示した人の対応はどんな感じだったでしょう?

 ・・・なんて、挙げていけばキリがないんだけど、そうやって、まず始めた当初に限って言っても、思い出すことはたくさんありますよね。

 どんな仕事でも、どんなに周りから信頼されている人でも、仕事を始めた当初から、周りの信頼は得られません。信頼を得られないということは、リーダーシップを発揮する場面なんてありません。これはちょっと考えれば当然のことです。まずは周りに覚えてもらって認めてもらって、現場の空気を理解しないといけない時期というのは必ずあります。修行期間ですね。

 周りに認めてもらえるまで、自分の居場所を見出すまで、仕事が見えてくる前までというのは、なかなか気が重いはず。職場の人間関係の中に溶け込んでいないから、憂鬱な時期もあるでしょう。でもそういった環境下で、自分はどうやって周りに認めてもらったか?何かキッカケがあったのか?そういうことを思い起こしていくと、連鎖反応で、そういえばあんなことがあったなあ・・・なんて思い起こされるはずです。

 アルバイトに限らず、新しい環境に飛び込んでいく際に、こういった修行期間における対応の仕方は、新社会人として新しい会社に飛び込んだときにも、必ず反映されるし、仕事を覚えていく過程、周りの人に認知されていく過程における自分の出し方にも反映されます。それこそがありのままの自分であり、注目すべきは、リーダーで活躍している自分ではなく、リーダーとして認められた自分ということになるかな?


つづく。
投稿者: ando
大学時代の経験で、アルバイトの体験を思い起こし、「妄想」をした場合。前回も書きましたが、自分はアルバイトでリーダーシップを発揮した!っていうことありきで思い返してしまうと、過去のアルバイトの経験自体が常にリーダーシップありきで構築されてしまいます。つまりはキーワード症候群ですね

 前回、自己分析のコツは、妄想族になることである、という見解を書きました。妄想は確かに真理なのですが、一方で絶対にやってほしくない妄想があります。それは過去のストーリーをご都合主義で勝手にいじらないということです。

 「キーワード症候群」と同じくらい、この「ご都合主義隊」に陥ることは、自己分析でリスクになりますね。

 過去というのは、決して消せないし変えられない。客観的に視たらその通りですが、でも自分にとって都合のいいように再構築することは可能です。主観的に視たらどんな人でも、どんな心苦しい体験でも、君子聖人、スーパーマン、英雄にすることができます。自分の妄想の中では、シナリオなんて自由自在。まさに全権監督ですからね。

 過去を再構築する「ご都合主義隊」に加入してしまうと、正しい価値観の把握はなされません。よって自己PRがぶれてくる可能性が高くなります。何よりも、「ご都合主義隊」の人にとって一番コワいのは、素の自分、つまり自分の手のひらを言葉に落としこめない確率が上がることです。だって、過去を再構築させているんだからね。

 アルバイトやサークルのように、組織の中で一定の役割を持って行動する場合には、当然ですが周りには複数の人がいます。その人たちも、横一線ではなく、上司部下、先輩後輩のように、ラインやポジションがあるはず。そうすると、何か事を起こすときに、自分の思い通りに進むはずはありません。意見のすり合わせや調整を行って、時には自分の意見を引き下げなければならない場合もあるでしょう。苦汁をなめたりする場合だってある。

 そういった経験で自分が何を得たか?を考える際に、周りの人がその時どう思っていたのか?を出来るだけ客観的にイメージすることが重要です。周りの人の思惑や意見があって、自分の行動も決められてしまうことってあるから。

 実は、これは状況判断力や理解力をつけるポイントになります。つまり、周りの人がどう思っているのか?今のその場の空気はどう流れているのか?ってことを読むということです。

 もうかなり前、ブログを始めた当初のことになりますが、「考える訓練」 という記事を書いたことがあります。これは今回で言う、理解力について触れたものです。仕事のスキルは、大学を卒業して社会人になって、実際に現場で揉まれないと、絶対に得ることはできませんが、この理解力というものは、学生時代にも十分身につきます。

 これからデキル大人になるには、どんな仕事であれ、その仕事をするための知識や経験は大切です。でもそれだけでは不十分。いい仕事をするために、もっと根底部分で必要なものは、状況判断や調整を行うことはできる力です。これが出来ないと、絶対にいい仕事は出来ません。そのために必要なのが理解力という訳です。

つづく。
投稿者: ando
大学入学の際の出来事を、キーワード症候群ではない状態で行うとどういう感じになるか?ということに関して、自由にありのまま、記憶を探っていくと、実に色々な物が視えてくるものです。

 自己分析の範囲を徒に狭めてしまうことは、自己分析の要件を満たしていないと思います。範囲を狭める要素としては、キーワードのほか、自分のプライドも挙げられます。過ちや失敗を認めたくない、というかね。先の、女の子に振られた時の言い訳と一緒です。

 自分の過去の経験や体験を、常に肯定的に見据え、好奇心を持って掘り返していくと、当時の自分はどういう想いで行動していたんだろう・・・?っていう風に、自分自身に感情移入できます。まあ妄想の世界ですけど(笑)。

 自己分析にコツがあるとすれば、まさしく妄想族になることです。自分の過去の掘り起こしで妄想族になると、自作自演の演出家のような感覚で、自分のことなんだけど自分を客観視している、なにか変な感覚になるかもしれません。でもそれでいいんです。そうなることで、他の登場人物が、あの時何を考えていたんだろう・・・?っていうこともイメージできるようになります。

 今現在の自分が、過去の自分を振り返る際、それが今から起算してわずか1~2年間前の出来事だったとしても、何となく、あの当時、どうして自分はあんなことをしてしまったんだろう・・・?ってちょっと気恥ずかしくなったりするかもしれません。でもそれもいいんです。経験により色々学び、そこから産み出される新しい価値観が、今までの価値観の上に蓄積して、人は成長していきます。学生時代の成長のスピードは、本当に速いですね。好奇心と向上心さえ持っていれば、毎日の体験が新しい価値観の発見になるからね。

 そういった妄想をアルバイトでもサークルでも、友達や恋人との付き合いでも、大学時代を振り返る意味で、実行してみましょう。

 一般的に言うと、学生が自己PRを行う際、具体的エピソードとして用いるネタは、アルバイトかサークルどちらかの経験が圧倒的です。これは全然問題ないと思います。アルバイトにしてもサークルにしても、その行動は、組織単位でなされます。つまり複数の人間がいて、各々の人間には役割やポジションがあるということ。その中で、自分の組織の一員として、活動していく訳です。

 組織の一員として行動するってことは、自分の思い通りに発言したり行動したりできない場合もあるということです。つまり自分を押し殺した動きをするということ。この動きを経験しておくことは将来的にも重要です。だからこそ、アルバイトやサークルは“メジャー”なネタという訳です。

 アルバイトの話をネタにする際に、例えばキーワード症候群であった場合、例えば、自分にはリーダーの素養がある、というキーワード信者になってしまっていたら、


 アルバイトは飲食店の接客     

     ↓

 2年以上続けている

     ↓

 アルバイトを取り仕切るリーダーになった


 みたいな感じで、断片的な事項だけをピックアップしてしまいます。かなり端折ってますよね。こういうロジックの積み上げでは、アルバイトの2年間の経験は、常にリーダーとして活躍していた、ということだけしか頭に浮かんではきません。

 でもそうではないはず。アルバイトでリーダーになったことなんて一つの結果だから、あまり大した話ではない。~大した話ではないというのは、あくまで自己分析をする過程においての話です~。それよりももっと日常でいろんな事件やパプニング、楽しかったことや辛かったことがたくさんあるはずです。そこを大好きな彼氏に聞いてもらうイメージで思い出して言葉にしていってほしいんです。

 つづく。
投稿者: ando
昨日の続きです。大学入学時のことを思い起こす際に、ダラダラ束縛なく自由に過去の掘り返しを行っている人であれば、


「そういえば、入学式の時は天気は良かったけど、体調は最悪だったなあ。二日酔いだったもんなあ。初めて一人暮らしを始めたマンションには、同じ大学の新入生が5人もいて、そいつらと前夜祭と称して、飲み会やったんだよなあ。思い出してきた。ビールから始まってウイスキーをロックで飲んで、気がつきゃ何本空けたっけ?だいたい、俺含めた3人は、浪人してたし、現役の奴らとは経験値が違うんだ、っていうのを誇示しようとイキって、飲み方も知らないのに、ガンガン飲んで、お開きになったのは3時ごろ?だったかな。部屋に戻ると、吐いたりして大変だった・・・。次の日は、みんなで二日酔い。だから入学式が終わった早々に、帰ってきた記憶があるなあ・・・」


なんていうふうに、連鎖反応で過去の記憶が蘇ってきます。・・・ちなみに、この回想は僕の実話です(笑)。

自己分析の段階では、このように何も束縛されず、自由に思い出していくことが重要です。自己分析のマニュアル本とかを読むと、色々やり方や手順が書いてありますが、僕に言わせると、これはキーワードありきで過去を掘り返してしまう、いわゆる「キーワード症候群」に陥ってしまう可能性が高いんです。

 自分の過去の体験や経験は、全て事実だし、正しいとか間違いとかはありません。その行動という結果には、必ず邪心があったはす。就活の際、使えるかどうかは別にして、まずはこの邪心を思い出すという作業に没頭するほうが、自分を知るためには、また自分の素に自信を持つためには、よっぽど理にかなっています。 → 「邪心」については、「自己PRのやり方論」20 以降を参照ください。

 これは、大好きな彼氏に色々聞いてほしくて、「あの時こんなことがあってね、それでね、それでね・・・」って一生懸命しゃべっている女の子になったつもりで思い出していくと、結構うまくいきます(笑)。

 キーワード症候群に陥るということは、ESや面接に使えるかどうか?という視点で、過去の掘り返しを行うということになります。それでは上っ面のことしか見えないんです。全ての行動の下に埋もれている、自分の大切な価値観、つまり邪心を見逃してしまう可能性が高い。だから最後の最後に、自分って何だろう・・・?とか、ぜんぜん自信持てないよ・・・って悩むことになるんだと思います。

 就活の時期に自己分析をなぜ行うのか?それは企業から内定をもらうためでしょうか?もちろんその答えも間違いじゃありません。でも正しい見解とは言えない。自己分析を行う本質は、自分の素を好意的に認めてあげて、それを自分の武器として、今後の長い社会人生活のスタートに活かすこと、これです。もっと言うと、それを将来の輝く自分らしい生き方の糧にすること、ですね。

 大学入学式の前日に、酒を飲みすぎて二日酔いになり、入学初日のイベントを途中で切り上げて帰ってきた・・・という行為は、もちろん褒められたことではないんだけど、でも自己分析の過程では、なぜ酒を飲みすぎて二日酔いになったのか?という部分を思い出すことが重要。ESや面接に使えるかどうかなんて、この時点では一切関係ない。

 僕らが酒を飲みすぎて二日酔いになったしまったのは、「現役生にいいカッコをつけたかった」「自分たちは色々経験してるんだみたいなことを誇示したかった」・・・ただ、これだけです。若気の至りですけど、事実です。この価値観がその後の大学生活にどう反映されているか?またはされていないか?ということを考えていくことが、価値観の把握になると思います。

 二日酔いなったこと自体は、なんら就活にプラスの材料ではありません。だからキーワード症候群に陥った学生であれば、始めから、こんなの使えねえと言ってスルーしてしまうことですよね。しかし、ここに眠る価値観を把握しておくことは、今の自分を知る上で手掛かりになるかもしれません。

 僕が、学生の書くmixiの日記やブログが一番参考になると主張するのはそういうことなんです。

つづく。
投稿者: ando
自己分析で大学時代のことをダラダラ書いていくと、大学入学時のこと、初めてオリエンテ-ションに参加した時のこと、新歓コンパに行ってお酒を飲みながら、周りの連中とコミニュケーションを取ったこと、大学に慣れてきた時のこと、サークルに入ったこと、バイトを始めたこと、旅行に行ったこと、恋人が出来たこと・・・などなど、色んなことが浮かんできます。

 ここで大切なこと!!どんなことでもそうなんですが、浮かんだことを、これは取るに足らないことだ、と最初から決め付けないでほしいと思います。

 自己分析とは自分自身の価値観の把握です。ということは、毎日の生活や行動、そして選択に自分の価値観が反映されているはず。それは別に難しいことでも何でもなく、例えば、大好きで可愛い子の前では、カッコいい自分を演じたりすることだって、自分の価値観です。

 自己分析を、就活を意識しながら行っていると、何が一番危険か?というと、少しでも早く自己PRを完成させようと考えちゃうので、キーワードを探そう!という意識にすり替わってしまうということなんです。自己分析はキーワードを探すためにやるんだ!っていう考えになってしまうということでもあります。

 過去に何度も言ってるように、「キーワード症候群」になってはダメです。キーワードとはいうまでもなく、「リーダーシップがある」「粘り強い」「協調性がある」などというヤツです。

 学校なんかで実施される自己分析診断や、適性テストなんか結果には、自分を示すと思われるキーワードが書かれています。それは参考にはなるんですが、鵜呑みにしちゃいけません。そのキーワードの信者になってしまうのは、自分の素に自信を持てていない証拠です。

 キーワード症候群になってしまった状態で自己分析を行うと、自分の過去を、そのキーワードに合わせてしまいます。過去の体験は事実だし、後戻りもできず消えることもありませんが、自分に都合よく解釈することはいくらでもできます。

 大好きな彼女に告白して、見事に振られてしまった時に、振られた理由は、彼女が自分のことを全く気にも留めていなかったから、つまり眼中になかったということなのに、自分の中では、あれは仕方がなかったんだ、彼女もどうしていいか判らなかったんだ・・・って、自分を納得させてしまうことって、ありません?僕の学生時代はそんなのばっかでしたけど(笑)。これなんかは、過去を自分に都合よく改ざんしている一例です。

 初めから用意されたキーワードに収束するように自己分析を行うのではなく、もっと開放的に自由な気持ちで行うこと、これが楽しく行うコツです。

 そうすると例えば、大学入学時のことを思い起こす際に、

「入学式は緊張してた。あまり覚えていないし、なんか空気に溶け込めなかったので、終わったらすぐに帰った」

 なんてことが浮かんだ場合、キーワード症候群の人であれば、

「・・・これは、全く自己PRには使えないな。なにもアピール要素がないもんな」

 と考えて、切り捨ててしまうでしょう。それよりもアルバイトやサークルの方が、自分のカラーが存分に出てるからそっちを重点的にやろう!なんて考えてしまいます。

でも、ダラダラ束縛なく自由に過去の掘り返しを行っている人であれば、違う考えが浮かびます。

つづく。