<事例1>-(2)

「私は進んで工夫をする性格です。社会体験の目的で、社会学のゼミ生5名による若い女性向けの雑貨の商品企画をしたことがあるのですが、何度か行なった会議でも、これと言った企画が出ず期限も迫っていました。そこで私は、自分なりのアイディアに基づき、率先して画用紙を使って簡単なサンプルを作りました。すると、イメージが形となって議論が活性化し、商品サンプルが完成、無事納期にも間に合いました。既存の流れにこだわらず、時には自分で流れを変えていき、考え方を工夫することも大事であるということを学びました。この経験を今後の仕事でも役立てて生きたいと考えています。」

この自己PRは、書き言葉としては、作りは悪くない。このキーワードや中身が果たして自分を表しているかどうか?は別にして、書き方が悪くないってことね。

ですが、よく読んで場面をイメージしてみてください。大学の教室で放課後に、5人の学生が机に座って議論しています。サンプルもそこにいろいろ置かれている。そういう状況ですよね。そこでこの自己PRの作成者は、サンプルを出します。それがベースになって商品サンプルが完成、納期に間に合った、という流れ。

この流れには、作成者自身が主人公になって活躍している姿がベースになっていますよね。それでは他の4人はこの時何をしていたのでしょうか?4人の性格は色々なはず。アツい人、一歩引いてみる人、当事者意識を持たず何となく参加している人、全てに批判的な人、そこまでアクの強い人ばかりが集まっているわけではないでしょうが、少なくとも全てがクローンのように同じ型の人間なわけがありません。そしてこの5名は、それぞれ人間関係が構築されているので、自分の居場所も決まっているはず。

こういう背景の中、なぜ自分はサンプルを出すことが出来たのでしょうか?そしてどうして他の4名はそれを受け入れてくれたのでしょうか?

色んな理由が考えられます。元々作成者がそういうものを作るのが得意で、みんなそれを期待していたというケース。また、みんな適当で難しいこと考えてなかったけど、たまたま作成者が責任感があり、サンプルを出してきたら、みんなラッキー!とばかりこれに食いついてきたというケース。まだまだ他にもあるでしょう。

でもそんなことは場の空気なのでどうでもよく、問題は、どうして作成者のサンプルが採用されたか?ということです。それは他の4人が認めてくれたからです。自分にそういうサンプルを出させてくれる雰囲気を作ってくれて、サンプルも、これいいね!って認めてくれたから、商品サンプルまで発展し、納期に間に合ったというわけ。

なので、この自己PRを話す際、あるいは文字数によっては書く場合でも、「周囲のおかげ」とか、「サンプルを出せる土壌を整えてくれた皆に感謝です」とか、そういう言葉を散りばめることが、組織の中で仕事ができる人だという刷り込みを面接官に与えることはできるんですね。周囲に認められるためには、普段から、

(1)性格が素直で、聞く耳を持っている(笑顔、明るいなど)。
(2)自分の担当業務をコツコツ真面目にこなす。確実にキッチリ行なう。

という評価と実績が備わっている人、ということになります。

つづく。
さて、あまり概論や抽象論だけに終始していても、自分の自己PRに落とし込めないので、これから具体例を挙げて説明してみます。


<事例1>-(1)

「私は進んで工夫をする性格です。学校のゼミで、雑貨の商品企画をしたことがあるのですが、そこで私は、率先して簡単なサンプルを作りました。それを皆に評価してもらった時に、私はあるものをそのまま受け入れるのではなく、使う人をイメージして工夫することも大事であるということを学びました。この経験を今後の仕事でも役立てて生きたいと考えています。」


この事例には、キーワードも記載されているし、エピソードも記載されています。ですので、自己PR文としての最低要件は満たしていることになります。

ただ、これを読んで状況が完璧にイメージできるのは、実際に関わった人たちだけ。どういうゼミで何人いたのか?なぜアメニティグッズを作ったのか?作った結果がどうだったのか?・・・など、当事者以外の人がこれを読んでも、なかなかイメージできません。面接官は当事者以外の大人。つまりこの自己PRには、基本情報が足りないんですね。

基本情報とは、「自己PRのやり方・書き方論 29 」以降で書いた、「♪これくらいの お弁当箱に・・・♪」というヤツですね。基本情報は、指定文字数の多い少ないにもよるので、全てを詳しく書くことは難しいのですが、多少アレンジするとこんな感じになります。


<事例1>-(2)

「私は進んで工夫をする性格です。社会体験の目的で、社会学のゼミ生5名による若い女性向けの雑貨の商品企画をしたことがあるのですが、何度か行なった会議でも、これと言った企画が出ず期限も迫っていました。そこで私は、自分なりのアイディアに基づき、率先して画用紙を使って簡単なサンプルを作りました。すると、イメージが形となって議論が活性化し、商品サンプルが完成、無事納期にも間に合いました。既存の流れにこだわらず、時には自分で流れを変えていき、考え方を工夫することも大事であるということを学びました。この経験を今後の仕事でも役立てて生きたいと考えています。」


これでだいぶ当事者以外でもイメージできるようになりましたよね。

・・・で、ここまでは、マニュアル本でも学ぶことができます。しかし、ここから先のことをもうちょっと考えてほしいんです。もうちょっと先とは何かというと、それが、「物事に対する感謝」と、「他人の存在も認められる素直な心」を組み込む姿勢ですね。

実際の書き言葉における自己PRであれば、<事例1>-(2)の内容レベルで構わないと思いますが、面接の場で披露する自己PRは、話し言葉になってくるので、これを棒読みしているようでは、その後予期せぬツッコミが面接官から浴びせられるになります。

だから、もうちょっと先を考える必要があるというわけです。

つづく。
さて、自己PRの土台シリーズもいよいよ後半戦。自己PRの土台に感謝や周囲の存在を認める内容を加味すると、実際にどんな表現になるでしょう?

結論をいうと、俺が俺が!私が私が!という、学生が作りやすい自己PRからは脱却したものになります。一般的には謙虚な姿勢が滲み出るといえるかな?

僕も全ての就活マニュアル本を読んだわけではないけれど、自己PRの作成例とかが掲載されている本とか見ると、残念ながら、ほとんどがテクニック論に終始しており、個人個人の心に響かないものが圧倒的です。学生の方も、今まで試験問題を解くように、とにかく模範解答がほしい!という視点から離れられないので、どうしてもその枠にハメてしまって、余所行きモード炸裂になってしまう。

余所行きモードというのは、自分を主役になったエピソードで、手っ取り早く自己PRを作ってしまうということです。例えば、積極性があります!という自己PRを作る場合に、アルバイトでこんなことをやった、あんなことをやった!ということばかり書いてしまうということ。そうではなくてワンクッションおく意識が必要です。こういうことがあったから、周囲の人が自分を認めてくれたから、そして周囲の話を素直に聞けて、そこから行動できたから、それができた!って方向に持っていく意識が必要なんですね。

どんな学生でも、偏差値的に高い大学に入っている学生でも、そうではない学生でも、新社会人としてスタートする仕事は横一線です。みんな下っ端の二等兵から始まります。そこに差はありません。下っ端の二等兵からすると、周りにいる人々は全て先輩であり、自分より大人ばかりです。

仕事は組織でありチームプレイ。ということは当面は、リーダーシップを発揮する場面はほとんどなく、先輩や上司である大人に、業務の指示をされてそれに則って動くことが日常になります。あまり自分の主張をする場面はありません。そんな日常の中で、まずは先輩や上司である大人に認めてもらう必要があり、そこには、おおむね2つの視点があります。

(1)性格が素直で、聞く耳を持っている(笑顔、明るいなど)。

(2)自分の担当業務をコツコツ真面目にこなす。確実にキッチリ行なう。

書くと当たり前のことなんですが、実際に自分の行動に反映している人がどのくらいいるでしょうか?

言葉の誤解を恐れず書きますが、先輩や上司である大人に認めてもらうためには、下っ端二等兵は、中途半端な自己主張は必要ありません。大人が指示したことを黙々とこなすことが求められる。そうすることで、なかなか素直でかわいいヤツだなあと思われるわけです。

このかわいいヤツだなあ・・・と大人に思わせることが実は、処世術としてはもっとも重要な要素になるんです。そして、下っ端二等兵がその処世術を持っているかどうか?を見極められる最初の場面が、実は面接の時ということになるんですね。つまり、自己PRの内容以上に、面接官である大人の目を見て質問をシッカリ聞いて、素直に回答することが必要だということです。

この処世術は、一見すると自己PRとは関係ない事項に感じるかもしれませんが、実は、自己PRのもう1つの型である、【外見+第一印象】型とは密接な関係があるんですね。素直さは笑顔と、明るく、ハキハキと、丁寧語で!これが基本です。

つづく。
ここまでを踏まえて、自己の作り方なんですが、エピソードを選ぶ際は、自己分析が必要になってきます。そして自己分析のやり方は、「自己分析の考え方・やり方・書き方論」 で書きました。

その際に、エピソードも自分の邪心をベースにして、ワクワクしながら行なう必要があり、それは、「自己PRのやり方・書き方論」 で触れました。

そしてキーワード。キーワードは、初めから決め打ちしないで、柔軟性を持って言葉にすること、それは、「『素の自分→自信→自己PR』のつなぎ方!(手のひら理論)」 で説明しました。

さらに最終的に言葉にする際には、今のマイナスチックに考えている言葉をひっくり返してみよう!ということ、それは「短所は原石! キーワード探しはボケとツッコミの法則」 で言葉にしました。

それらは全て大切な考え方だと僕は確信しています。しかし、同時に、それらは全てパーツに過ぎません。最終的には、それらパーツを1つにして作らないといけません。その土台になるものが、このシリーズであり、具体的には、しつこく繰り返しますが、「物事に対する感謝」と、「他人の存在も認められる素直な心」ということになるんですね。

だから実際には、この土台は、自己PRの文章というよりも、面接でその自己PRを披露する際に、言葉で伝える重要な要素ということができると思います。

野球をよく知らない人には、イマイチイメージできないかもしれませんが、エースと呼ばれるピッチャーが、相手打線をヒットを打たせず、ゼロに抑えてノーヒットノーランを達成した場合、エース1人に注目が集まりますが、なぜヒットを打たれなかったか?と言えば、味方の守備陣がエラーをしなかったからだし、味方の打線が点を取ってくれたから、です。

つまりどんなに自分が主役で華やかに見えようが、実際には周囲の支えがなければ達成できず、周囲への感謝と、その周囲の支えを認められる素直な心が必要だということなんですね。

仮に、このエースピッチャーが自己PRを作るとして、周囲への感謝と、支えを認めることができてない場合は、自己PRを面接で披露する際に、俺はスゴイ!的な構成になるでしょう。でも感謝もできて、支えも認めている場合は、自分よりも、周囲にいかに支えられたか?が滲み出た謙虚な構成になると思います。

つづく。
以前、『シリーズ 「自己PRのやり方・書き方論」 6』 の中で、自己PRには2つの種類がある、と書きました。具体的には、【キーワード+エピソード】型と、【外見+第一印象】型の2つです。

自己PRの土台に、周囲への感謝というベースを組み込むというのは、直接的には【キーワード+エピソード】型の自己PRの方ということになります。【外見+第一印象】型の自己PRにも導入することは必要になってくるんですが、これは自分の出し方ということになってくるので、まずはあくまでも、【キーワード+エピソード】型です。

シリーズ 「自己PRのやり方・書き方論」 27』 の中で、自己PRの定義を書いたことがあります。すなわち以下のとおり。

自己PRとは、自分の邪心を踏まえて、その次に起こすアクションの方を思い出し、言葉にすることである。

キーワードありきで自己PRを考えても自分の素は表現できないし、自分が主役のイベント、活躍したような出来事などだけで自己PRを作っても、余所行きモードの自分しか出てこない・・・これが、この定義の意味合いです。

自分の邪心から自己PRを作っていくこと・・・どんな就活マニュアル本にも書いてないけど、これが自分のありのままの素を面接官に伝える王道ではあります。ですので、まずは邪心から素の自分の行動を洗い出してほしい。そしてキーワードは、「手のひら理論」 (←リンク)から導き出してほしい。

しかし、ありのままの素の自分を言葉にしたとしても、それを判断するのは面接官。面接官の頭の中には、2つの判断基準があります。

1つは「採用スペック」です。採用スペックは企業ごとに異なるので、これにハマらないと、いくらありのままの素の自分が面接官に伝わっても、いや、キチンと伝わったからこそ、面接官はウチの会社にはハマらないな、と自信を持って落とすことになる。

2つ目は、どこの企業の面接官も大事にしている要素があって、それが、こちら (←リンク)の記事で書いた、「人間性とポテンシャル」なんですね。さらにここでいう人間性とは、「物事に対する感謝」と、「他人の存在も認められる素直な心」ということになります。

ありのままの素の自分と人間性は違うのか?と思ってしまうかもしれませんが、本質は同じです。ただ、ありのままの自分は邪心をベースにしているため、独りよがりになっている可能性も否定できない。

対して人間性というのは、あくまでも会社サイド、つまり面接官が見極めるものであるという違いがあります。面接官が見極める以上、そのベースには、周囲への感謝という要素が組み込まれていないといけない、という理屈になります。

つづく。
前回書いた、周囲への感謝。実はこれが、シリーズ6で書いた、『どんな表の人間性にも、1つだけ一貫して含まれる隠された人間性』であり、具体的には、

「物事に対する感謝」 「他人の存在も認められる素直な心」

ということにつながるわけです。

自己PRはキーワード症候群 に陥ってはいけません。キーワードありきで自己PRを作成すると、どうしても舞台の主役が自分だけということになってしまいます。学生生活4年間で、自分が主役になって輝いた経験なんて、そう多く持っている人がいるでしょうか?ほとんどいないと思います。

仮に1つそういう経験があったとしても、それは明らかに普段の自分のキャラではありません。完全に余所行きモードです。仕事とは毎日の生活であり、日常であり、その積み重ねです。普段の自分、ありのままの自分でしか対処できないのが仕事。ですので、その時点で自己PRに用いるのは間違い・・・とまでは言わないけど、自分の素のキャラを面接官に伝えるには、ギャップがあります。

仕事は組織であり、チームプレイ。だから自分の実績は、常に他人に支えられて積み上がります。誰しもスーパースターではないので、やっていることは地味なことかもしれないけど、自分がすべきことをキッチリこなすためには、周囲の人の理解とサポートは絶対に必要になるんです。

組織でありチーム。これは何も仕事じゃなくても、学生時代の生活にも同じことが言えて、バイトであれ、サークルであれ、プライベートであれ、必ず他人との関わりがあります。

自己PRを考える際には、まず大前提として、自分が日常、当たり前のことを普通に行なえているのは、周囲にそれを認めてくれる人がいるということを意識する必要があるんです。そして具体的にどういう人が関わっていたのか?を思い起こすわけです。キーワードやエピソードを考えるのは、その後の話。

何でもいいんです。些細なことでもいい。大事なのは、なぜそれができたのか?ってことなんです。前回書きましたが、社会という場所は、自分の思い通りうまくいくことよりも、うまくいかないことの方が圧倒的に多いものです。

でも今、頭に浮かんでいる体験談は奇跡的にうまくいったことのわけです。それは自分の頑張りももちろんあったにせよ、周りに支えられたからこそ、奇跡的に出来たわけです。

つまり自己PRの土台には、周囲への感謝というベースが必要だ、ということですね。

つづく。
現在、アメリカのメジャーリーグで活躍する松井選手や、プロゴルフの石川遼選手、宮里藍選手などが、インタビューの時に話すコメントを聞いたことがありますか?

松井選手も石川選手も宮里選手も、自分の喜びや自分を誇示することよりも、必ず周囲の人たちを立てる感謝を口にします。

例えば、

「MVPを取れたのは(優勝できたのは)、自分だけの力じゃない、自分の力なんてわずかなもの。支えてくれたスタッフや家族、そしてファンの方々全てのおかげだと思っている。」


みたいなコメントですね。

自分がスポットライトを浴びている時に、自分のうれしさを表現して、どうだ!俺はすごいだろ!とアピールしたくなるのが人間です。少なくとも僕は、こういう場合に周囲に感謝するコメントは、若い頃は出せなかったと思います。常に自分が主役だと思ってたし、自分ひとりで生きていけると思ってたから。

逆に、自分ができないことはすぐ他人のせいにしていました。俺が出来なかったのは、俺のせいじゃない、あいつが悪い、環境が悪い、運がなかった、タイミングが悪かった、などなど。現実問題としては、自分の思い通りうまくいくことよりも、うまくいかないことの方が圧倒的に多いのが世の常です。ということは、僕という人間は、常に周囲に不満を漏らしていたということになります。自分が常に主役だったから、主役がうまくできないのは、周りに問題があるんだ、と。

これでは周りに認められるわけがありません。

学生時代は、理想主義のピーク。今自分がいることも、色々な人に支えられているからこそなんだけど、それになかなか気づけないものです。しかし、人生はいろんな人との支えあい、助け合いで成立するもの。多くの人が絡むことで、自分のポジショニングも確立します。「積極性」や「責任感」や「協調性」などが、どうして発揮できるか?というと、それは自分の周りに他人がたくさんいるからなんですね。この当たり前のことに気づけない人は意外と多いです。また普段は気づいていても、自己PRを作る際に、自分を主役に置いて考えてしまう学生はたくさんいます。

つづく。
1位「積極性」 2位「責任感」 3位「コミュニケーション能力」 4位「健康状態」 5位「協調性」・・・これらが企業が求める人間性。この5項目すべてを兼ね備えている学生であれば、面接ではほとんど内定が出るということになるんだけど、残念ながら多くの学生は、なかなか思い通りに進みません。

なぜかというと、この上位5項目は表の人間性だからです。どういうことか?というと、例えば「積極性」と一口に言っても、いろんな積極性があります。多くの人の前で自分の意見を言ったり、色んな所に出掛けるのも積極性。一方で、特に主張はしないけど、打合せには必ず最後まで参加するとか、家にいて、新しいことをたくさん本を読んだりネットで調べたりして理解するのも積極性。

同じことが「責任感」 「コミュニケーション能力」 「健康状態」 「協調性」にも言えますよね。

これら表の人間性は、お化粧を変えれば、別の表現にもなり得ます。例えば「積極性」であれば、フットワークが軽いとか、好奇心旺盛とか。ですので、実と言うと、こういった「企業が新卒に求めるもの」の調査結果を参考にするのは大事なんだけど、鵜呑みにする必要もありません。積極性という言葉だけに固執すると、そのキーワードに無理やり自分を押し込めてしまい、逆に自分の可能性を限定することにもつながるし。

恋愛ウンチクの記事の中では、何度か言ってるんだけど、人間の感情を100%言葉で言い表すのは不可能です。これを逆にいうと、自己PRなどで自分の人間性を言葉に落とし込む際に、無理に「積極性」とかって言葉に置換してしまうと、それによって自分の可能性を限定してしまう危険がある、ということになります。

しかし、どんな表の人間性にも、1つだけ一貫して含まれる隠された人間性があるんです。そしてその人間性は、1つの言葉で表すことができ、どんな企業の面接官も大事にしているものです。

それは、「物事に対する感謝」、さらに「他人の存在も認められる素直な心」なんですね。

「積極性」が発揮できるのはどうしてでしょう?それは周りが自分を認めてくれているからです。「責任感」を全うできるのはどうしてでしょう?それは周りが自分を信頼してくれているからです。「協調性」があるのはどうしてでしょう?それは周りが自分を支えてくれているからです。

なぜ認めてくれているのか?なぜ信頼してくれているのか?なぜ支えてくれているのか?それは、自分の行動は他人とのバランスで成立していることを無意識の中で理解しているからなんですね。

逆に、ここに気づけない人は、どういう自己PRになるか?というと、自分をステージ上の主役にして自分視点での自己PRになるんです。・・・ここはちょっと難しいかな。

要は、他人との関わりの中で自分の手のひら が発揮できているんだ、ということを表現できてないことになり、それはすなわち、社会というコミュニティの中での毎日になる社会人としては、ホントに周りとバランスを保っていけるのかな?ということが面接の中でイメージできずに、合格にするには不安がよぎるんです。

つづく。
さて、ここでちょっと視点をオセロの表側、つまり他人がたくさんいる社会の方に置いてみましょう。就活がはじまると、必ずどこかで見聞きする情報だとは思いますが、

「企業が新卒に求めるもの」

という類の調査がよく行なわれます。以下は数年前に某雑誌で行なわれた調査結果ですが、上位10位まで転載します。

1位 「積極性」
2位 「責任感」
3位 「コミュニケーション能力」
4位 「健康状態」
5位 「協調性」
6位 「感情の安定性」
7位 「業務・社風への適性」
8位 「論理構成力」
9位 「リーダーシップ」
10位 「一般的教養」

このうち、上位5位までは、いわゆる人間性の範疇ですよね。つまり企業は新卒には、何よりも人間性を求めているということになります。

・・・と、まあこの人間性という結論は恐らく、セミナーでも情報誌でも言われたり書かれたりしていることだし、学生の皆さんだって、この上位5位までの項目を見れば、人間性が大事なんだな、ということはすぐにわかると思います。

しかし、じゃあ、人間性ってなんですか?と言われて、自分の落としこめる人は・・・たぶんほとんどいないはずです。これができないから、自己PRで悩むわけだし、入社後に仕事が嫌になるわけだから。人間性についての具体的なイメージは、このシリーズのメインテーマなので、どこかで必ず書きます。

まあとにかく、企業が新卒に求めるものが人間性である以上は、面接の時に面接官がもっとも視たいのが、目の前の学生の人間性というわけです。人間性は余所行きの外面モードではなく、ぶっちゃけありのままの素のキャラ。だから学生としては、自己PRに、面接官が期待している人間性を含めないといけないという理屈になる。

では、面接官が期待する人間性とはなんでしょうか?それは、「企業が新卒に求めるもの」の上位項目すべての後ろに張り付いている事項なんです。

つづく。
これは学生も大人も同じなんですが、人は社会というコミュニティの中で生活しています。ですので、いつも自分色100%を出しまくって生きられるわけはありません。

学生時代は、良くも悪くも周りが見えてないし、心の状態がまだまだ尖がっているので、どうしても、自分スタイルにこだわる人が多い。これはどっちかというと、男子の方が顕著ですね。自分の狭い価値観という望遠鏡で社会を見渡していると錯覚し、俺はあそこにいるやつらとは違うんだ、って息巻いている。

実は、気づいてないし気づこうとしてないけど、見えてない世界、見ようとしていない世界にしっかりを属して生きているんだけどね。それは社会人になれば否が応でもわかります。

一般的に、学生時代って悩み多きものです。常にモヤモヤしています。まだ解決するためのピースが少ないからではあるんだけど、望遠鏡で見ているという自覚がないからピースも見つからない。その葛藤がモヤモヤです。

また、いくら自分が他のやつらとは違うとはいえ、実際には視野の狭い双眼鏡で見ている社会に身を置かないといけないため(学校とかバイトとかね)、そこの世界に合わせているんだという無常観が起こり、ストレスが溜まってきます。なんで俺はこんなことしなきゃいけないんだとか、こんなこというために学校に入ったんじゃないとかね。

それらは過信であり錯角なんだけど、学生時代に抱くモヤモヤや、感じるストレスって、男子に限らず女子だって同様でしょう。そしてそんなモヤモヤやストレスを実感するたび、自分を嫌いになったり、ネガティブになったりしてしまうはず。

でも実は、このモヤモヤやストレスの中に、社会に出てから武器になる自分の強みがあるんだ、と言ったら・・・どうでしょう?皆さんは信じられますか?

これは本当です。学生の皆さんのほとんどすべての人が抱えているネガティブの卵は、他人から見れば、キラキラの源泉なんですよね。オセロのコマの法則 でいうと、自分の見ているネガティブ面の裏に他人から見えるキラキラの眩しい面があるってことね。

そして自分からみれば裏ですが、社会においては、常にそっち側が表になり、裏の面が自分だけが見えている心の中身ってことになるんですね。

その、オセロの表の部分をイメージすること、それが、

(2)学生は、自分の行動は他人とのバランスで成立していることに気づけない。

という部分に気づける、ということになるんですね。

つづく。